どんぶりの美学について
- 2014.09.04 Thursday
- 07:18
「丼」というカテゴリーがある
齢を重ね、少し出来た”ゆとり”と共に「丼」から「お重」に移行してゆくのは自然な成り行きだとは思うのだが、ある日突然、あまりに普通に移行してしまっている自分に”ふと”気付き、「お重片手に”もさもさ”食べてるなんて、俺は何時からこんな軟弱な奴になってしまったのだろう?」と、己の人生を瞬時に振り返り、「そうなのだ!、俺ゃまだまだ”やれるヤツ”なのに、なにやってんだ!こんなしみったれた(ぜんぜん、しみったれてませんが) お重なんぞ後生大事に抱えてまったり食べてる俺ぁどうしちまったんだ!」、天丼は天丼、カツ丼はカツ丼でそりゃそれで良し。でも天重とかカツ重は無駄に高級感漂わせてるから耳に美味しくないだろっ!。だからウニ重・イクラ重・海鮮重なんてのは論外で、”どんぶり”だからこそ語れる男のダンディズムがあるのだ!。でも、ひらがな表記でも”うな重”だけは漢字の”鰻丼”より旨そうな”視覚的雅味”があるから許されても良いのではないのかなぁ?・・・
くぁ〜っ!なにを弱腰になってんだ!、ここは”丼”でなければ 男の美学が廃ってしまう という大事なところだからやっぱり鰻は”どんぶり”でやっつけないとイカン!、そう!イカンのだっ!
という偏った思い込みにて本日は何年か振りに「鰻丼」
直径20cmオーバーの正しい”丼”であります
ごはんが小盛りなので、鰻が底に沈んで大きく見えます
やっつけさせていただきました
少々勢い込んでいたとはいえ10分掛けずにかっ込んでしまい、「俺はまだまだガキだなぁ〜」と反省頻りで、空になった”どんぶり”片手に眺めつつ、”丼”の美学を雄々しく語れない年齢になってしまっている我が身を自覚。ちょっぴり悲しかった今日の午後でありました