大学生になった娘の親父は、本日51歳のお誕生日を迎えました
- 2009.12.06 Sunday
- 13:21
先月の終わりに長女の大学の推薦入試発表があった。
同日上京する為岡山駅に向かっていた僕は、合否の発表が午前11時に行われ、その発表はインターネット上でも見られると聞いていたので、駅に着いてからホームで新幹線待ちしながら ”のんびりと” な〜んて思っていたら、駅に向かう道路がさほど混雑していなかった為岡山駅に到着する直前に11時が近付いて来たもんだから少々あせあせしつつから iphone を取り出し、大学のHPにアクセスししようとした矢先の10:58分、ヨロコビの呼び出し音が鳴った。
「あったぁー! Θ☆○!★Ω〜’ 」 何を言っているのやら明確ではないのだが、携帯の向うから娘の嬉しそうな声が聞こえる。
どうやら知人と共に 喜びつつ興奮ど真ん中 からの電話のようだ。
送られてきた写メです
そりゃまぁ無理もないか。
アメリカから帰ってきて受験までの準備期間が3ヶ月も無かったのだからそーとー頑張っていたようだし 、緊張して胃が痛くなったりいろいろ苦しんでいたみたいなので、喜びもヒトシオといったところだろうし”そのおかげ”でといって良いのかどうかは解らないが、副産物としてのダイエットも大幅に出来たようだ。
当然だが僕も嬉しかったので、「んじゃ 今日はお祝いにご飯でも食べよっか?」 って言ったら、彼女は小平の合格発表会場からその足で京都の友達のところに遊びに行くという。
こっちも仕事で上京してるのだからそれなりに時間は無い訳で ”まぁ、いいっちゃ好い” んだけど、なんか 「親父元気でカネ送れ」 的被害妄想感で ”すきま風がひゅぅー” な気分になってしまい少々不機嫌な僕だったのだが 「ほっ」 としたのは確かで、岡山から品川に到着するまでの時間、彼女が生まれてから今日までの出来事をつらつらと思い出したりして、ほんわりと幸せなひとときを過ごした僕なのでありました。
そいうえば?
若い頃、思い出というのは嫌なことや辛かったことを比較的多く思い出していたのだが、このところの記憶は楽しかった事柄ばかり。
穿り返せばいくらでも出てくるのだろうが、”嫌” と ”楽しい” の間にフィルターが一枚挟まっているような感じで、特に だからそれがどうした という事ではないのだが、そんな状況は年齢と共に生じる感覚だと聞いていたので、 僕んとこにも”初老という名の黄昏”がやって来たのかなー ? としみじみしちゃったのであります。
そんなこんなで昨日の晩ご飯。
来年からなかなか食べられなくなる という長女のリクエストで カキオコ 食べにお馴染みの 「ほり」 さんへ行き、みんなで牡蠣の鉄板焼き(葱抜き)と、ちゃんぽん(うどんと焼きそば用の麺を1×1で Mix したもの)、長女はカキオコ、次女は牛玉、僕は豚玉を注文し「美味い・美味い」と盛大にいただいた。
そして迎えた今日、僕は51回目の誕生日を迎えました。
長引く構造不況に加え、2012年の地球滅亡がまことしやかに囁かれる中で迎える誕生日なんてのは手放しで嬉しいと言えるもんじゃないのだが、体は年相応に多少ガタついて来てはいると言うものの取敢えずは元気だし、家族や友人達に支えられながら迎えられた今日という日に感謝した僕なのでした。
行こうレムリアの彼方へ!